大判例

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最高裁判所大法廷 昭和35年(オ)533号 判決 1963年1月30日

判   決

上告人

五鈴精工硝子株式会社

右代表者代表取締役

垂水養三

右訴訟代理人弁護士

足立昌彦

右訴訟復代理人弁護士

竹林節治

被上告人

小西文典

右訴訟代理人弁護士

小田元吉

右当事者間の約束手形金請求事件について、大阪高等裁判所が昭和三五年二月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて、当裁判所大法廷は、裁判所法一〇条三号、最高裁判所裁判事務処理規則九条三項により、上告代理人足立昌彦、同復代理人竹林節治の上告理由第二点について、次のとおり判決する。

主文

本上告論旨は理由がない。

理由

手形法には第一一章に時効に関する規定を設けているが、時効中断の事由について何等規定を設けていない。従つて手形に関する時効中断の事由については民法に譲つているものと解すべきところ、民法一四七条は時効中断の事由の一として請求を掲げている。元来消滅時効の制度は権利の上に眠れる者は保護されないとすることにあるのであるが、請求の一種である催告を時効中断の事由とした所以のものは、催告をした権利者は最早権利の上に眠れるものではなく、これにより権利行使の意思が客観的に表現されているが故に外ならない。そして催告による時効中断の効力は六ケ月内に更に裁判上の請求その他の強力な時効中断の手続を採るに非ざれば時効中断の効力を生じない(民法一五三条)予備的な暫定的なものに過ぎないものである点をも考慮するときは、時効中断の事由としての催告は、債権者の当該債権についての催告の意思通知が債務者に到達するを以つて足り、必ずしもこれによつて債務者を遅滞の責に任ぜしめる効力を有するものと同一であることを要しないものと解すべきである。

手形は流通証券であるから手形債権につき債務者を遅滞に付するための請求には手形の呈示を伴うことが必要であるが(商法五一七条、手形法三八条、七七条一項三号参照)、単に時効中断のための催告については、催告の意義が前記の如き趣旨のものである以上、必ずしも手形の呈示を伴う請求であることを必要としないものと解すべきである。これを取引の実情から言つても単に手形の時効中断のための請求にまで常に債務者に手形を現実に呈示しなければならないとすることは必要以上に手形債権者に不便を強いるものであつて取引の実情に副わないものである。本件について原判決の確定するところによれば、被上告人のなした催告は書留内容証明郵便を以つてなされ、その催告書中には本件手形の要件が逐一記載され、右手形を被上告人が現に所持していることが記載されているというのであるから、右催告は本件手形債権につき時効中断の効力があるとした原判決の判断は正当として是認すべきものである。

以上の見解は大審院の従来の判例及び当裁判所昭和三四年(オ)第四七一号同三六年七月二〇日第一小法廷判決(判例集一五巻一八九二頁)と相容れないものであるから、右各判例はこれを変更するを相当と認める。右と異る見解に立つて法令違背を主張する論旨は採用し難い。

よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所大法廷

裁判長裁判官 横 田 喜三郎

裁判官 河 村 又 介

裁判官 入 江 俊 郎

裁判官 池 田   克

裁判官 垂 水 克 己

裁判官 河 村 大 助

裁判官 下飯坂 潤 夫

裁判官 奥 野 健 一

裁判官 高 木 常 七

裁判官 石 坂 修 一

裁判官 山 田 作之助

裁判官 五鬼上 堅 磐

裁判官 横 田 正 俊

裁判官 斎 藤 朔 郎

裁判官 草 鹿 浅之介

上告代理人足立昌彦、同復代理人竹林節治の上告理由

第二点原判決は判例に反し判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある。

原判決はその理由において「手形債務者を遅滞に付するがためには手形の呈示を伴う請求を要するものと解すべきであるけれども、手形債権の時効を中断するための催告にも手形の呈示を要するものとすることはできない。(中略)二重払の危険について考慮する必要のない手形債権の時効中断に関しては必ずしも手形の呈示証券性を重視する必要がないからである。そして時効中断の事由についてはなんら手形法に規定するところがないから、同法はこれを民法の規定に譲つているものと解すべく、(中略)民法は権利の上に眠れるものは法律上これを保護する必要なきことを主たる理由として時効の制度を設けると同時に、権利の上に眠れるにあらざることを示す事実あるにおいては、時効を完成せしむべきものにあらずとして中断の制度を設け民法第一四七条第一号は催告(請求)をもつて権利者が権利の上に眠れるにあらざることを示す事実なりとして、中断事由の一と定めたものと解すべきである。

そして同条は手形債権の時効中断のためにする催告について手形の呈示を伴うことを要することを規定していないから、いかなる手形債権について催告をなすものであるか客観的に明白な催告である限り手形の呈示を伴わないでも、時効中断事由として有効であるといわなければならない。のみならず催告は、それのみでは完全な時効中断の効力を生ずるものではなく、六ケ月内に裁判上の請求、その他一層強力な権利実行の手段を伴うを要すること民法第一五三条の規定するところであるから、このような効力を有するに過ぎない催告にも手形の呈示を要求することは、手形債権者にいたずらに不便を強いる一方、手形債務者はこれによつてさしたる利益を受けるものとは考えられないから、この点からするも手形債権の時効中断のための催告には手形の呈示を必要としないものと解するのが相当である」とし、手形債権の時効中断のための催告には手形の呈示を必要としない旨判示している。

しかしながら大審院は、明治三八年六月六日「手形ノ如キ指図債権又ハ無記名債権ハ裏書又ハ単純ノ交付ニ因リテ自由に転輾流通スヘキ性質ノモノニシテ責債務者ハ証券ノ呈示ヲ受クルニアラサレハ債権者ノ誰タルコトヲ確知スルコトヲ得サルモノナリ是ニ由テ之ヲ観レハ手形ノ呈示ノ伴ハサル手形金支払ノ催告ハ債務者ニ対シ催告ノ目的タル効力ヲ生スルモノニアラサレハ全然無効ナリト謂ハサルヘカラス(中略)手形ヲ呈示シテ為シタルニアラサル(中略)被上告人ノ為シタル催告ハ法律上請求ノ効力ナキモノナルカ故ニ原院カ之ヲ以テ時効中断ノ効果ヲ発生セサルモノナリト判定シタルハ毫モ不法ニ非ス」(民録一一輯八九三頁)とし、同三九年六月二八日「指図債権ノ債務者ハ所持人カ其証券ヲ呈示シテ履行ノ請求ヲ為シタルトキヨリ始メテ遅滞ノ責ニ任スヘキコトハ商法第二百七十九条ニ於テ明ニ規定スル所ナルヲ以テ約束手形ノ所持人カ請求ヲ以テ時効ヲ中断セント欲スル場合ニ於テモ亦裁判上ノ請求ヲ除ク外必スヤ其請求ハ前掲ノ規定ニ適合シタルモノニ非サレハ時効中断ノ効ヲ生セサルコトハ本院判例ニ於テ是認スル所ノ法理ナリ」(民録一二輯一〇四五頁)とし、同四四年四月一一日「約束手形ノ所持人カ手形上ノ債務者ニ対シテ為ス履行ノ催告ハ手形ヲ呈示シテ為スニ非サレハ時効中断ノ効ヲ生セサルハ当院判例ノ示ス所ナリ」(民録一七輯一九四頁)とし、大正一三年三月一七日「為替手形ノ所持人カ裁判外ニ於テ前者タル裏書人ニ対シ償還請求ヲ為シタルトキト雖モ若其ノ請求ニシテ手形ノ呈示ヲ伴ハサルモノナルトキハ償還義務者ニ於テ其ノ請求者カ手形ノ所持人ナリヤ否ヤヲ知ルコトヲ得サルヲ以テ斯ル請求ハ不適法ニシテ時効中断ノ効ナキモノト解スルヲ正当トスル」(民集三巻一七三頁)とし、昭和二年三月八日「償還請求ノ為裏書人に対シテ為ス呈示ハ償還請求権保全ノ要件タル呈示ニハ非スシテ唯現ニ償還ノ請求ヲ為スタメノ呈示タルニ過キサルカ故ニ所持人カ裏書人ニ対シ償還ノ請求ヲ為スタメ其ノ請求ヲ為スヘキ場所ニ手形ヲ持参シタルモ裏書人不在ニシテ現実之ヲ呈示シテ償還ノ催告ヲ為スコト能ハサル場合ニ於テモ亦時効中断ノ事由タル請求アリタルモノト云フヲ得サルヤ勿論ナリ」(民集六巻八六頁)とし、同七年四月二八日「手形ノ所持人カ裁判外ニ於テ為ス償還ノ請求ニシテ手形ノ呈示ヲ伴ハサルモノハ時効中断ノ効ヲ生セサルコトハ当院ノ判例トスル所ナルハ(後略)」(民集一一巻七六一頁)としており、手形の呈示を伴わない手形金支払の催告(裁判外の請求)は時効中断の効果を発生しないとするのが大審院以来の確定的な判例である。ところが原判決は前掲の如く「手形債権の時効中断のための催告には手形の呈示を必要としない」と判示して判例と相反する判断をしたのである。

しかしながら、時効の中断は債務者を遅滞に付するのとは異り権利者が権利の上に眠つていないことを示す事実があれば足りるとの原判決の考えは、裁判上の請求において訴状の送達でなく訴の提起に中断の効力が認められることを理論付けるが、裁判外の請求にもその考えを貫けるか否かは疑問である。債権者の主観的意思のみを重視すれば催告も到達を要せず、発信すれば足りると解することになるべきだろうが、それでは甚だ不明確だし、またそのように容易に中断を認める必要もない。手形の呈示証券であり流通証券であるその特質に鑑み(手形は支払期日後に於ても裏書により転輾流通し、手形の呈示を受けて始めて手形債権者の誰たるかを確認しうる)更に手形債権につき特に短期の消滅時効を定めた法意を勘案するときは、手形を呈示しないでした催告はその後一定期間内に裁判上の請求等の手段がとられても時効中断の効力がないものと解するのが正当であり、従来の判例を是認すべきである。

よつて、原判決は判決に影響を及ぼすこと明なる法令違背があり、この点に於ても破棄を免れない。

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